大阪地方裁判所 昭和24年(ヨ)356号 決定 1949年5月17日
申請人
酒井寅吉
被申請人
同和火災海上保険株式会社
当裁判所は申請人に保証として金参千円を供託させて、主文の通り決定する。
主文
申請人が被申請会社に対して提起する解雇無効雇傭契約確認並賃金支払請求事件の本案判決確定に至る迄申請人が被申請会社の従業員である仮の地位を定める。
被申請会社は申請人に対し昭和二十四年一月から本案判決確定に至る迄毎月一万百八十五円の割合による賃金を支払わねばならない。
申請費用は被申請人の負担とする。
理由
申請代理人は主文第一、二項同旨の裁判を求めその申請の理由として申請人は昭和十一年九月以来申請会社の姉妹会社である同和ビルヂング株式会社(以下ビル会社と略称する)に電気係として勤務し、昭和二十三年三月同会社の従業員を以て組織した同和ビル従業員組合の委員長となり、組合運動を指導して来たものであるが、昭和二十三年十二月十日ビル会社は被申請会社に所謂吸収合併となり、被申請会社は当然その雇傭契約に基く債権債務を承継し申請人はじめビル会社の全従業員はその後も旧来通り以前の職場に勤務していたところ、同月十四日被申請会社の嘱託戸田隆一(ビル会社の常務取締役)より申請人に対して申請人一人のみ不採用になつた旨の通告があり補給金名義で申請人の一カ月分の給料に相当する一万百八十五円を手渡されたので申請人は一度受取つたけれども間もなく返却した。その後被申請会社に対して右処分の理由を訊ねたところ申請人は組合運動を活発にやりすぎたから新会社では使えないとのことであつた。
会社間に所謂吸収合併が行われた場合には存続する会社は消滅する会社の債権債務を包括的に承継するのであるから雇傭契約に基く債権債務も原則として承継せられるものと謂わねばならぬ。
よつて被申請会社は右承継した雇傭関係に基いて前記の如く申請人が労働組合の委員長として労働組合の正当な行為をしたことを理由に不当に解雇したものであり、右は労働組合法第十一条違反の処分であつて無効であることは明らかである。その後被申請会社は申請人を従業員として認めず一月以降給料も支払わない。申請人は解雇無効雇傭契約存在並に賃金支払の本訴を提起すべく準備中であるが、給料生活者のこととて日々の生活費にも窮し人員整理の現状では新しく職を求めることも困難であり本案判決の日迄待つ訳にいかない事情にあるので本申請に及んだ次第である。と述べ被申請人の抗弁に対して昭和二十三年十二月十日ビル会社は全従業員に対し退職慰労金及び解雇手当金名義の金員を交附し申請人は合計三万余円受取つたこと、翌十一日被申請会社がビル会社の従業員に対して銓衡試験を行つたことは認めるがビル会社は従業員に対して解雇の意思表示をなしたることはなく申請人はじめ全従業員は前記金員を単に解散手当の性質を有するものとして受取つたのである。と述べ、疎明として疎甲第一号証を提出した。
被申請代理人は申請人の申請を却下する旨の裁判を求め、申請人の主張事実中申請人がその主張の頃からビル会社に勤務し主張の頃から主張の組合の委員長として組合運動を指導して来たこと、被申請会社が申請人主張の日にビル会社を吸収合併したこと、申請人主張の日に申請人に対して申請人一人のみ不採用になつた旨通告し補給金名義で同人の一カ月分の給料に相当する一万百八十五円を手渡したところ申請人は間もなく右金員を返却したこと、並びに申請人は会社合併後も旧来の職場に勤務していたことは認める。と述べ抗弁としてビル会社は被申請会社との昭和二十三年七月二十日附合併契約書並に同年十二月七日附協定書に基いて昭和二十三年十二月十日従業員一同に対し解散を報告し永年の勤続を謝し新会社に入社希望者は新規銓衡を受ける様注意し規定に基く退職手当金及労働基準法第二十条に基く解雇手当金を支給し従業員一同は之を受領し雇傭契約は円満に合意の上解除せられたのである。仮に然らずとするも右雇傭契約は労働基準法第二十条により適法に一方的に解除せられたのである。従つて被申請会社は合併によりビル会社よりその従業員に対する雇傭契約に基く債権債務を承継せず、同月十一日ビル会社の従業員に対して新規採用の銓衡試験を行つた結果申請人一人が不採用となつたのであつて右処分を目して解雇と謂うことは出来ない。従つて労働組合法第十一条は適用されない。
仮に然らずとしても被申請会社は銓衡試験の結果申請人は言語、応待傲慢にして思想過激性質不温なるにより被申請会社の従業員としては不適任であるので不採用としたのであつて此の点より労働組合法第十一条の適用はない。
よつて申請人の本件申請は理由がないから失当であると述べ、疏明として乙疏第一乃至第十号証を提出した。
仍て判断するに申請人がその主張の頃よりビル会社の従業員であつたこと、被申請会社は昭和二十三年十二月十日ビル会社を所謂吸収合併したことは当事者間に争いがない。被申請人の抗弁に付いて按ずるに、ビル会社は合併期日に全従業員に退職慰労金及び解雇手当金を手渡したことは当事者間に争いがないけれどもビル会社が全従業員と円満に合意の上解雇したとの被申請人の主張事実を認めるに足る疎明はない。
次にビル会社は労働基準法第二十条に基いて適法に一方的に解雇したと抗弁するので判断するに、合併期日後もビル会社の全従業員が旧来通り自己の職場に勤務していた事実及び昭和二十三年十二月十四日被申請会社は申請人に対し補給金名義で一カ月分の給料に相当する一万百八十五円を交附したことは当事者間に争いがない。果して然らば真正に成立したと認められる乙疎第八号証(協定書)によればビル会社は従業員を合併期日に於て解雇する旨の記載があることは認められるけれども前記認定事実に徴する時はビル会社は合併期日に於いて全従業員に対して右協定書に基いて解雇の意思表示をなしたものとは認められない。何とならば現在の経済事情のもとにおいて会社が解散するとはいえその実体が存続する以上全従業員を容易に平穏に解雇しうるものでなく、ビル会社が真実全従業員に対して解雇の意思表示をしたとすれば全従業員が銓衡試験があつたとはいへ採否未定の間平静に勤務するとは到底考えられないからである。したがつて退職慰労金及び解雇手当金は世間によくその例を見る如く単に解散手当の性質を有するものとして支給せられたものと謂うべくビル会社は全従業員を解雇せず当然被申請会社は合併により雇傭契約に基く債権債務を承継したものと謂わねばならない。
次は被申請会社は昭和二十三年十二月十四日申請人に対し銓衡試験の結果不採用となつた旨通告したことは当事者間に争いがない。而して被申請会社は合併によりビル会社の従業員に対する雇傭関係に基く債権債務を承継したことは前記認定の通りであるから右は新規に不採用としたのではなく承継した雇傭関係に基いて解雇したものと解すべきである。申請人は同和ビル従業員組合の委員長でありその組合運動を指導して来たこと、被申請会社は申請人のみ所謂不採用としたことは当事者間に争いがないから右認定の事実より被申請会社は申請人をその正当な組合運動をしたことを理由に解雇したものと一応推測することが出来る。被申請人は、申請人は言語応待傲慢にして思想過激性質不温であるから被申請会社の従業員として適さないから採用しなかつたと主張するけれども右事実を認めるに足る疏明はない。よつて被申請会社の申請人に対する処分は労働組合法第十一条違反の行為にして無効であると推測出来るから申請人は右処分の無効を前提として被申請会社に対し従業員としての地位を求める権利を有するものであり、而して申請人の一カ月の給料が一万百八十五円であることは当事者間に争いがなく被申請会社は昭和二十三年十二月十四日申請人を解雇して以来申請人の労務の受領遅怠に陥つているのであるから申請人は被申請会社に対して昭和二十四年一月から前記認定の一カ月一万百八十五円の賃金支払を請求する権利を有するものと謂わねばならぬ。
次に保全の必要の有無について判断するに申請人は給料生活者にして無効な解雇により収入の途を断れ生活を脅かされ又現在の経済事情に於ては一時他に職を求めることの容易ならぬことを窺知することが出来る。したがつて著るしい損害と急迫な強暴を避けるため本案判決確定に至る迄従業員たるの仮の地位を定め賃金の支払を命ずる必要性があるものと謂える。
よつて本件申請はその理由あるものと認め之を認容することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り決定する。